大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和63年(行ツ)153号 判決

埼玉県川口市栄町一丁目二番二五号

上告人

株式会社 栄興社

右代表者代表取締役

納口利男

右訴訟代理人弁護士

伊東眞

野村弘

埼玉県川口市青木二丁目二番一七号

被上告人

川口税務署長

福田一雄

右当事者間の東京高等裁判所昭和六二年(行コ)第一五号更正処分取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年七月一九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する

上告費用は上告人の負担とする。

上告代理人伊東眞、同野村弘の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 四ッ谷巖 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎 裁判官 大堀誠一)

(昭和六三年(行ツ)第一五三号 上告人 株式会社栄興社)

上告代理人伊東眞、同野村弘の上告理由

原判決は以下に述べる各点において、採証法則、経験則に違背して合理的判断をせず、「決めつけ」に終始し、かつ、原審において上告人が指摘した論点に対し、的確に判断を加えておらず、審理不尽は明らかであり、原判決を維持することは著しく正義に反するものであり、破棄を免れないと思料する。

一 証拠の位置付け小田証言の不措信性

本件は、沼田欣一名義の商品取引について、真実沼田が行なったのか、はたまた沼田は上告人のために名義を貸したにすぎないのかが論点である。これについて多数の人の証言及び供述書が証拠として顕出されているが、小田啓三の証言以外の全てが沼田の商品取引であることを示しているのである。当の沼田は一貫して自らの取引であることを認めており、いささかの揺ぎもない。

この事実について原判決は何ら評価していない。一体、小田以外は社長たる上告人をはばかって嘘偽りの事実を述べているとでもいうのであろうか。沼田欣一は上告人会社で背任行為をし、退職している人物である。沼田は上告人をはばかって嘘偽の事実を述べる必要はないのである。にも拘らず一貫して自己の取引と認めている厳とした事実を排斥するのであれば、何故認められないのか判示されなければならない。

一方、第一審判決は小田の証言が一貫していることを措信の理由として掲げた。しかし、このことも原審において行政不服審判所の調書が開示されるに至り、一貫どころか突如変遷したことが明らかにされた。この変遷の理由は、小田が突然に虚偽の主張について良心にめざめて回心したとでもいうのであろうか。答は否である。退職金の支払いがなされないことが判明したことが変心の動機と思われるのである。背任行為たるサイドビジネスに関与し、それでも退職金を要求する小田という人物、しかもその一貫しない供述を多数の人々の一致する証言(当の沼田の証言を含め)を排斥して採用するのであれば、何故特異な小田供述を措信し、他の多数を措信すべきでないのかを説示してはじめて司法判断というべきである。遺憾ながら原判決は単に小田の変心後の証言を措信するというのみで、何故措信できるかについて全く述べるところがないのである。

二 動機について

第一審判決に対して、上告人は、上告人が沼田名義を用いる動機が全くないことを主張した小田が主張する動機は、名前を出すと信用に傷がつく程度のことである。しかし、この小田のとってつけた理屈は、本件沼田が取引を開始した後、上告人が自らの名義で別途商品取引をなしていることで直ちに覆るものであることは明白である。

これに対し、原判決は、動機に関し、甚だ漠然とした判示でことを済ましている。即ち、原判決四枚目に、個人としては大量で一人の名義にすると監督官庁の目につく恐れもあった、利益が出た場合の税法上の問題もあり、個人の名誉にも関係しないわけでないから自己の名義を使用せず、名義を分散したというのである。原判決のこの論理は、甚だ不明確で十分に理解不能な説示であるが、この判断のよってきたところは、沼田が当初自己の名前だけでやっていたところ、商品取引会社に勧められて名義を分散したというあたりのことを指しているように思われる。しかし、第一に、名義を分散することは沼田の取引においてはじめて出て来たことであり、上告人のそれ以前の取引において、そのような示唆、勧告が商品取引会社からあったことはないのである。本件証拠のどこにも、上告人が、第一回の商品取引をなすについて、名義の分散をなすべきだなどとの示唆があった云々の事実はなく、また、沼田が取引を開始した以降別途、自らの名義で取引をなしている厳とした事実からも、原判決の説示の失当が明らかである。さらに利益が出た場合の「税法上の問題」とは何であろうか。全く憶測に基づく判断以外の何ものでもない。

これに対して、上告人が主張した理由は甲第四六号証で明らかにされている(行政不服審判所は井上事務に対し、事情を聴取したことについて調書をとっていないなどと回答しているが、まことに不当な陳弁である。不利な証拠を隠すものとしては批判は免れないであろう。)原判決はこの証拠に対しては全く沈黙をしているが、何人がみても原判決の論旨より甲第四六号証の方が説得力があることが明白である。

三 明白な事実認定の誤り

(一)原判決は、沼田への貸付について、これを承認する取締役会は開催されなかったという第一審判決の説示を維持した。第一審判決の右認定は小田の証言によるものであり、他の証言に反するものであるが、原審において、甲第四六号証が出されるに及び、小田証言の虚構は明白になったのである。ところが、原判決はこの証拠について全く看過し、第一審判決の判断を維持したのは違法というべきである。

(二)沼田の家屋に担保の徴さず、借地料も徴していないとの点

これについて、上告人は、借地料を徴することは借地権を認めることであり、通常人の判断では出きることではない旨主張した。ところが原判決は何の説示もせず、この第一審判断を維持している。全く不可解としかいいようがないのである。沼田から債権をとりたてるため、逆に沼田に膨大な借地権を与える結果になることをせよという論理は通常人の到底理解しがたい論理でああり、上告人がこの点について強く主張したにも拘らず、漫然第一審判決を維持した原判決について、果して裁判所は合理性があるのかを疑わざるを得ないのである。まことに奇怪に思わざるを得ないのである。この点だけをとっても破棄は免れないと確信する。

(三)野沢名義等の返済の「偽装」等について

第一、二審とも沼田からの会社への返済の源資の出所が不明であることをあげつらい、そこから飛躍して上告人がひそかに提供したものであろうと憶測をしている。

しかし、虚心に考えて、上告人において、そのような行為をしなければならない理由は全くないことに思いをめぐらすべきである。もし、原判決の云うように上告人が自己の計算で沼田にやらせていたのであれば、あえて、返済を偽装する必要は毫もなく、不足分があれば会社から貸し増しすれば済むことであり、わざわざ返済を偽装することはないのである。そして、原判決の論理でとりわけ不可解で常識はずれな説示は野沢らの名前で振り込ませたとする点である。後から判明した通り、野沢は沼田らの背任行為たるサイドビジネスに関与していたと思われる人物である(手形の受取人)。上告人には不知の人物である。沼田が上告人に隠れてサイドビジネスをしていたことは行政不服審判所も認めるところである。そのサイドビジネスで得た手形が回った先の「野沢」の名を使って上告人が返済を偽装したとの論理は通常人には遂に理解不能の論理をいわざるを得ない。

また、沼田の返済金の原資を上告人に立証せよというが如き論理自体全く理解できないのである。原判決は沼田がサイドビジネスをはじめたのわ昭和五三年頃であるから時間があわないなどと述べるが、サイドビジネスが何時からされていたのかは上告人にとっては結局不明なのである。沼田がどこから調達したかは上告人にとって知りようがないのである。沼田が全く真面目な従業員であったというのなら格別、「サイドビジネス」などをする人物であるという事実からすれば、出所がみられないから上告人から出たであろうという論理は正当とは考えられない。

四 その他

上告人が沼田に株券などを貸したいきさつは甲第四六号証に説得的に述べられている。

原判決は、一見して、一従業員に大金を会社規定によらず貸すことは異常だとの単純な発想であるが事実は甚だ明白である。さらに、会社規定を持ち出すことも異常である。大会社ならいざ知らず、ワンマンの個人会社ともいうべき会社でほこりにまみれた会社規定に、後から思えば、従っていなかったことは何ら異常ではない。

さらに、借用証を徴していなかったことは、商品取引会社の預証を徴していたことで十分との判断が当時あったのであり、そのこと自体異常ではないのである。事後ではあっても沼田は借用証を任意に書き、公正証書も作成しているのである。沼田が自己に不利なことをあえてなしているという事実、会社と縁がなくなった後も自己の取引と認めている事実は、小田の変遷するあいまいな供述に比べれば大変に重いものといわなければならないのである。

以上

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